ダイヤモンド~胸元の栄光と挫折~

パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない
このセリフにピンと来たかたは、けっこう歴史に詳しいかたかな、と思います。
フランス革命で処刑された、王妃マリー・アントワネット。冒頭のセリフは一般的には、彼女が言ったとされています……が、事実ではありません。

なら、どうしてそんなふうに言われているのか。
そこにはきらびやかなドレスや宝石、華やかな舞踏会とともに、美しいダイヤモンドのネックレスが密接に関わっているのです。

【歴史を動かしたネックレス】

「ダイヤモンドのネックレス」と聞いて、皆さんはどんなものを思い浮かべるでしょうか?
華奢なチェーンに、ブリリアントカットされて輝く1粒ダイヤが下がるものを思い浮かべる方。月やハート形などさまざまな形のペンダントトップに、ダイヤがちりばめられたものを思い浮かべる方など、みなさまの思い入れの数だけあるのだろうと思います。

そんな中、史上もっとも有名であろうダイヤモンドのネックレスのひとつが、フランス革命の引き金を引いたともいわれる、「首飾り事件」のダイヤモンドのネッククレスです。

作られたのは、18世紀の半ばのフランス。価格は当時の金額で160万リーブル、今の金額に直すと単純計算でも16億円ちかいという、とんでもないものでした。
使われたダイヤモンドの数は、なんと540個。重さは500gを超えたといいます。
ただこのネックレス、今は存在しません。それどころか一度も使われることなく、バラバラにされて売り払われてしまいました。

そんな使われることさえなかったネックレスが、なぜ革命の引き金を引いたのか。
事件を紐解いていくと、ダイヤモンドの持つ魅力や価値、むしろ魔力と言っていいほどの力に行き当たります。

【宙に浮いたネックレス】

本来この16億円もするダイヤモンドのネックレスは、フランス王ルイ15世の公妾(公式の愛人)、デュ・バリー夫人のために注文されたものでした。プレゼントのためにこれだけの物を頼むなんて、ルイ15世は太っ腹としか言いようがありません。
ただネックレスが引き渡される前にルイ15世は亡くなり、デュ・バリー夫人は王宮を追い出され、結局誰の手にもわたりませんでした。

困ったのは、作った宝石商。
大金をつぎ込んで選りすぐりのダイヤモンドを1粒1粒買い集めて作ったのに、売る先がなくなってしまい、このままでは大赤字が確実です。なんとしても売らなくてはいけません。
そしてルイ16世の妃、マリー・アントワネットに売ることを思いつきます。
ジュエリーやドレスを次々と新調し、華やかな舞踏会でファッションリーダーになっていた彼女なら、買ってくれると踏んだのです。

でもマリー・アントワネットには、買ってもらえませんでした。
実は彼女、ルイ15世の公妾だったデュ・バリー夫人が大嫌いで、仲の悪さは宮廷で知らない人がいないほど。
だから「あんな女のためのネックレスを、自分が身に付けるなんて冗談じゃない」ということだったようです。

頼みの綱を失って、困り果てる宝石商。かといって、王妃のほかには売り先が思い当たらない。
そこで宝石商は、王妃と親しいという人物に仲介を頼みました。ところがこの仲介を頼んだ相手と言うのが、根っからの詐欺師だったのです。

【詐欺師と出世欲と】

詐欺師の名前は、ラ・モット伯爵夫人。
王妃マリー・アントワネットと親しいことで知られていましたが、実は大嘘。そう触れ回ることで、仲介を頼んだ人からお金を巻き上げるようなことをしていました。
そのいちばんの被害者が、宮廷司祭長のロアン枢機卿。いつか王妃に気に入られて出世したいと考えていた彼は、しょっちゅうラ・モット夫人の「王妃がこういうことを~」という言葉に騙されて、お金を巻き上げられていたのです。

そんな詐欺師夫妻が、王妃へのダイヤモンドのネックレスの仲介を頼まれたのですから、素直に動くわけもなく。
さっそく大掛かりな詐欺計画を立て、実行しました。
とはいえ、そのやり口は単純。
まず女詐欺師のラ・モット伯爵夫人が、いつもの通りロアン枢機卿のところへ。そして「王妃がこういうダイヤモンドのネックレスを欲しがっています。ただ公にできないようです」というようなことを伝えました。

さらにラ・モット伯爵夫人は、「これを代理購入して王妃に渡せば、今度こそ気に入っていただけますよ」と付け加えたために、ロアン枢機卿は大乗り気。
すぐにダイヤモンドのネックレスを王妃の代理として購入し(4回の分割払いだったようです)、王妃に渡してほしいと伯爵夫人に持たせました。

ところがこのネックレスは、前の方で書いた通り、王妃マリー・アントワネットの手には渡りませんでした。
そもそも王妃は買う気もないものですし、勝手に詐欺師が進めた話など知るわけもありません。むしろ渡されたら大騒ぎです。

そしてネックレスは人知れず海を渡り、外国でバラバラにされて売り払われて、またロアン枢機卿が「気に入ってもらえなかった」としょんぼりするだけ……とはなりませんでした。
いつまでたっても代金が支払われないことに驚いた宝石商が、王妃の側近を通じて問い合わせたのです。
というのもロアン枢機卿、宮廷司祭長という立場にあるのに、たいへんな浪費家。十数人の愛人がいて湯水のようにお金を使っていたため、ネックレスの代金が用意できませんでした。

ここから、事件が明るみに出たのです。

【真実のゆくえ】

名前を騙られたことを知った、ルイ16世とマリー・アントワネットは、当然ながら激怒。
一方でロアン枢機卿は、自分も騙されたと主張。
裁判の結果ロアン枢機卿は無実となりましたが、これを機にルイ16世は、ロアン枢機卿を宮廷司祭長の座から追放します。
なにしろ騙されたとは言え、ふだんから詐欺師に次々お金を渡していたような枢機卿。「聖職者なのに金遣いが荒く堕落している」と評判が悪く、これ以上聖職者として置いておけないと、ルイ16世は思ったのでしょう。

ところが世間は、そうは思いませんでした。
聖職者と言うのは清く正しく、宝石になど興味のないもの。
逆にあの美しいネックレスは、舞踏会で華やかなドレスを着て踊る王妃こそが好むもの。
ダイヤモンドのネックレスという、あまりにもわかりやすい魅力と価値に、事件の真相が覆い隠されてしまったのです。

【本当の王妃】

王妃マリー・アントワネットと言うと、宮廷で華やかな舞踏会を毎日のように開き、ドレスを次々と新調し、豪華なジュエリーで身を飾り、奇抜な盛りヘアスタイルを考案し、賭け事にのめりこんで国の財政を破綻させた……と思われていますが、本当のところはそれほどでもありません。

賭け事は宮廷ではふつうに行われていて、歴代の王の公妾(当時のフランスでは王妃より華やかなのがふつうでした)で、一晩でたいへんな額を負けたという話は、他にもたくさんあります。
また取り巻きに、毎月高額のお金が渡るよう手配するのことも、珍しくありませんでした。だからこそ貴族たちは、王や王妃、または愛人に取り入ろうとしていたのです。
なので王妃マリー・アントワネットが、特に抜きんでて酷かったわけではありません。

もし歴代の王妃とマリー・アントワネットが違うところがあったとすれば、「王に愛人がいなかった」という点です。
ルイ15世は「女性に生きた」と言われるほど、恋多き人物でした。また歴代の王も、王妃のほかに公妾(公に認められて社交界デビューできる)をはじめ、愛人を持つのが普通でした。
そういうものを見て育ちつつ、自身は当時最先端の啓蒙教育を受けて育ったためか、ルイ16世は生涯愛人を持ちませんでした。

ただこのことが、意外な方向へ発展してしまいます。
歴代の王の愛人、公妾とされた女性たちは、みなかなりの浪費ぶりで大盤振る舞い。儀礼的な返礼を節約するマリー・アントワネットのほうが、ケチと言われたほどです。
一方で彼女たちは宮廷のファッションリーダーで、いつでも社交界の華でした。ですがこれには、裏の事情もありました。貴族たちの目を公妾に引きつけ、イザというときには汚名をかぶせて追放。これによって王や王妃への批判を躱すことができていたのです。

マリー・アントワネットはこともあろうに、この歴代の公妾と同じ立場に立ってしまいました。
王妃という立場は替えが効きません。このためちょっとした失敗も、大きな傷になってしまったのです。

【渦巻く陰謀、巡る噂】

さらに自由な雰囲気のオーストリア宮廷で育ったマリー・アントワネットは、フランスの堅苦しい儀式やしきたりが大嫌いでした。
一方で当時のフランスは、ありとあらゆることが儀式化されて、堅苦しいうえに面倒ばかり。トイレの形が身分によって違うなど、私たちの感覚でも「?」というようなしきたりまでありました。彼女はそれを、廃したり簡略化したりしていったのです。

また彼女がきらびやかなヴェルサイユ宮殿にいたのは、実はほんの数年間。
その後は簡素なプチ・トリアノン宮殿に主に暮らすようになり、親しい人だけを招いてのパーティーを開いたり、庭を散策して飼われている羊を眺めるなど、案外ひっそりとした生活を送っていました。

これに不満だったのが、当時の貴族たちでした。
血筋こそいいけれど、外国人の小娘。それがしきたりは破る、自分たちが招待されないパーティーばかり開く、一方でファッションリーダーとしてのセンスは抜群なのですから、面白いわけがありません。
かといって王妃なので辞めさせるわけにもいかず、非難が集中することになってしまったのです。

加えてこの当時は国の財政が傾き、フランス国民は重税に苦しんでいました。
これも実は、ルイ16世が即位したころには、すでに国の財政は借金だらけでした。
しかもほとんどが戦争をしたための借金で、宮廷とはあまり関係がありません。そもそもそれで赤字になるなら、公妾が散財を尽くしたルイ15世までの時点で、とっくに破綻しています。
また16世は赤字の削減を行い、国の借金を4割も減らすことに成功しています。

ただこのことは、庶民には伝わっていませんでした。しかも貴族たちが王妃をよく思わず非難を繰り返したことから、
「外国から来た女が宝石とドレスばかりしつらえ、賭け事ばかりして、フランスを破滅させようとしている」
という方向に話が作られ、信じられてしまいました。
どれもルイ16世が現代人と同じように誠実で、妻マリー・アントワネットのほかに愛人を持たなかったため、というのだから、皮肉な話です。

そんな中で起きたのが、「首飾り事件」でした。

【事件の中で、輝くダイヤモンド】

今まで見たとおり、この事件の真相は、「詐欺師が王妃の名を騙ってネックレスを騙し取り、外国で売り払った」というだけのものです。
ただ世間は、そうは捉えませんでした。

あの外国から来た宝石好き浪費好きの王妃が、またやらかした。
今度は無実の枢機卿を罠にかけて、ダイヤモンドのネックレスを騙し取ろうとした。
聖職者が、詐欺師の片棒など担ぐわけがない。これは陰謀だ。
裁判所が無罪にした枢機卿を、国王が解任したのがその証拠だ……。

こういったうわさ話がパリを駆け巡り、タブロイド紙(日本でいう週刊誌やスポーツ紙)が書きたて、それを読んだ国民がさらに信じる。
この繰り返しで、マリー・アントワネットの信用と人気は、いままで以上に地に落ちることに。
そして最後には、フランス革命へとつながってしまったのです。

逆にいうならこの当時、ジュエリーというのはそれほど憧れられていたのだ、とも言えます。
中でもダイヤモンドは、この少し前に今のブリリアントカットのルーツとも言われる、58面カットの「オールドヨーロピアンカット」が生み出されていました。
このカットは今まで以上に光を反射し、特に舞踏会のろうそくの下で美しくきらめき、他の宝石を圧倒していました。
きっと誰もが、輝くダイヤモンドに魅せられていたに違いありません。

それが540個も使われたという、ダイヤモンドのネックレス。1粒でも手に入れたいと思う人がたくさんいる中で、どれほど皆の注目を集めたでしょうか?
そしてそれが、国の財政を傾けたと信じられている(ほとんど誤解でしたが)王妃が手に入れようとしたと思ったとき、不信を通り越して憎悪の対象となってしまったのです。

【きらめきは永遠に】

ダイヤモンドは、ただ輝いていただけです。そしてその輝きは、研磨職人たちの研究の果てに、生み出されたものです。
ですがその輝きは他のジュエリーとは比べ物にならず、価値が万人に分かりやすいものでもあります。
「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャッチコピーがかつてありましたが、ときに国の命運を左右するほどの輝きが、そこにはあるのです。

他の宝石と違って、ダイヤモンドの価値はあまり変わりません。
輝きが減じることもなく、そうそう傷がつくこともなく、またきちんと協会があるために判定もはっきりしています。
もしお手元にダイヤモンドのアクセサリーがあるのでしたら、そっと取り出して見てみてください。
それは身を飾るジュエリーであると同時に、変わることのない資産です。
もう使うことがなさそうなら、一度価値を鑑定してもらってはいかがでしょうか?
イザというときにそのダイヤモンドは、資産としてあなたの支えになってくれることと思います。

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